書籍「日本昭和トンデモエロ大全」

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昭和のB級エロはなぜ面白い? 書籍『日本昭和トンデモエロ大全』が暴く、猥雑で熱い時代の裏面史

「昭和レトロ」ブームが続く今、ノスタルジックで美しい思い出ばかりが語られがちです。しかし、昭和という時代が持つエネルギーは、本当にそれだけだったのでしょうか?

今回ご紹介する一冊、『日本昭和トンデモエロ大全』(タツミムック)は、そんな「きれいな昭和」のイメージを痛快に裏切る、強烈な文化遺産を記録した驚愕の書です。

2020年に刊行され好評を博した『日本昭和エロ大全』の姉妹編にあたる本書は、前作が昭和エロ文化を体系的に概観したのに対し、さらに一歩深く、ユニークでカオスな「B級エロ」の世界へと私たちを誘います。

この記事では、公的な歴史からはこぼれ落ちてきた、猥雑で、しかしどこか愛おしい「トンデモエロ」の魅力と、本書が持つ文化的な価値を徹底的に掘り下げていきます。

本書の核心に迫る3つのキーワード

本書を理解する上で欠かせない、3つの重要なキーワードがあります。

1. 「トンデモ」の美学:エロは笑いだ!

本書が探求する「トンデモ」とは、単に「突拍子もない」という意味ではありません。それは、昭和という時代特有の規制と欲望のせめぎ合いの中で生まれた、奇妙で過剰な表現様式そのものを指します。

読書メーターのレビューにも「エロとは笑いである」という的確な指摘があるように、本書に登場する文物たちは、性的な興奮だけでなく、その奇抜さや素朴さによって、私たちに笑いや呆れをもたらします。

  • 奇天烈なオブジェがひしめく秘宝館
  • 独特の進化を遂げたラブホテルの意匠
  • 街道沿いに佇むエロ自販機の怪しい魅力
  • 夕刊紙の扇情的で大げさな見出し

これらはすべて、真面目なポルノグラフィとは一線を画す、ユーモアと隣接した「トンデモ」なエロスの発露なのです。

2. 昭和の「熱量」:混沌のエネルギーをアーカイブ

本書を貫くもう一つの重要な概念が、昭和という時代の「熱量」です。

これは、洗練や整合性とは無縁の混沌とした粗削りな創造的エネルギーを指します。情報が均質化される以前の時代には、良くも悪くも作り手の顔が見えるような、生々しい表現が溢れていました。本書で紹介される一つひとつのアイテムが、この時代の独特な熱気を帯びているのです。

ある読者が「こういった本は消えていく」「貴重になっていくでしょう」と記しているように、本書の試みは単なる懐古趣味を超えた文化的な保存行為としての意味合いを持ちます。失われゆく猥雑な時代の空気、すなわち「熱量」そのものを未来に伝えようとする、「情動の考古学」とも呼べる一冊なのです。

3. 超豪華執筆陣:サブカル研究のドリームチームが集結

本書の圧倒的な情報量と信頼性を支えているのが、その豪華な執筆陣です。本書は、日本のサブカルチャー研究の各分野における第一人者たちが結集した共同研究の成果物に他なりません。

  • 安田理央(アダルトメディア研究家)
  • 黒沢哲哉(エロ本自販機・昭和駄玩具研究家)
  • 稀見理都(美少女コミック・エロマンガ表現史研究家)
  • 藤木TDC(AV・歓楽街史ライター)
  • 村上賢司(映画監督、秘宝館・ラブホテル研究家)
  • とみさわ昭仁(プロ・コレクター)
  • 山下メロ(平成レトロ・ファンシー絵みやげ研究家)

各分野のオーソリティによる知見が結集することで、本書は単なる懐かし本ではなく、さながら「印刷されたシンポジウム」としての権威性を獲得しています。各章が、その分野の第一人者による凝縮されたモノグラフとして機能しているのです。

本書の見どころを徹底解剖! 昭和トンデモ・ワールド探訪

本書はテーマ別に構成されており、多角的に「トンデモ」な文化を解体していきます。その一部を覗いてみましょう。

印刷物の世界(トンデモエロ本・劇画・実話雑誌)

本書の中核をなすのが、昭和後期における欲望の主要な受け皿だった印刷メディアの分析です。けばけばしい表紙、扇情的ながらもどこか間の抜けた見出し、そして今見れば荒唐無稽な記事の数々。デジタル以前の情報伝達のあり方と、当時の社会の屈折した関心を如実に物語っています。

音と映像のメディア(エロカセット・トンデモAV)

音で想像力を刺激した「エロカセット」や、家庭用ビデオデッキ黎明期に生まれた手作り感満載の「トンデモAV」など、新しいテクノロジーがいかにして大衆の欲望と結びついていったかを探ります。規制をかいくぐろうとする試行錯誤の痕跡は、今見ると逆に新鮮です。

空間とモノ(秘宝館・ラブホ・エロ自販機)

本書はさらに「トンデモエロ世界遺産」として、物理的な空間やモノにも注目します。全国の温泉地に存在したカオスなテーマパーク「秘宝館」、独自の進化を遂げた「ラブホテル」の建築、そして多くの青少年(当時)の心をざわつかせた禁断の象徴「エロ自販機」など、昭和のB級エロが物質化した文化遺産を巡ります。

なぜ今「トンデモエロ」なのか? 忘れられた文化の系譜学

本書が記録する文化は、決して突然変異で生まれたものではありません。それらは、戦後日本のアンダーグラウンド・メディアがたどった進化の系譜に連なっています。

  • 源流:カストリ雑誌 (戦後直後)
    終戦直後の出版自由化の中で生まれた、粗悪な紙に「エロ・グロ」を詰め込んだ雑誌群。低予算とセンセーショナリズムという、後のフリンジメディアのDNAを確立しました。
  • 進化:自販機本とビニ本 (70-80年代)
    自動販売機というテクノロジーでプライバシーを確保した「自販機本」。そして、中身を見せないことで想像力を掻き立てた「ビニ本」。これらは、流通や販売方法に工夫を凝らし、社会規制といたちごっこを繰り広げた、重要なステップでした。

本書に記録されているのは、インターネットが登場する直前の物理的な「モノ」が中心だったアナログなメディア・エコシステムが生み出した、最後の混沌とした輝きなのです。コンテンツへのアクセスに物理的な労力が必要だった時代。その「不便さ」と「制約」の中でこそ、奇妙で創造的な文化が花開いたのです。

書籍情報

  • 書籍名: 日本昭和トンデモエロ大全
  • 著者: 日本懐かし大全シリーズ編集部
  • 出版社: 辰巳出版
  • シリーズ名: タツミムック
  • 刊行年月: 2022年8月
  • 定価: 1,760円 (税込)

まとめ:ノスタルジーだけでは物足りない、すべての大人たちへ

『日本昭和トンデモエロ大全』は、単なる面白いB級カルチャーの紹介本ではありません。

  • 昭和サブカルチャーの「裏の顔」に深く分け入りたい人
  • 美化された「昭和レトロ」に物足りなさを感じている人
  • デザイン、広告、メディア史に関心のあるクリエイターや研究者

このような方々にとって、本書は必読の書と言えるでしょう。

本書は、低俗と切り捨てられてきた文化の中に、独自の美学と時代の「熱量」を見出し、体系的に記録したきわめて重要な文化資料です。きれいごとだけではない、猥雑で、奇妙で、しかし猛烈に面白かった昭和のリアルな姿を、本書を通じてぜひ体感してみてください。

より深く知りたい方は、姉妹編である『日本昭和エロ大全』や、本書の執筆陣である安田理央氏の『日本エロ本全史』、黒沢哲哉氏の『全国版 あの日のエロ本自販機探訪記』などを併せて読むことで、さらに理解が深まるはずです。