
建築遺産を“泊まって守る”──本書の意義と魅力
『ときを感じる お宿図鑑 スケッチで巡るレトロ建築ガイド』(吉宮晴紀 著)は、宿泊施設の枠を超えた“泊まれる文化財”の魅力を、建築スケッチとともに紹介するユニークなガイドブックです。現代的な視点でレトロ建築を再評価し、建物の中で“時間”を感じ取るという新たな旅の在り方を提示しています。
宿泊体験を通じて「とき」を感じるとは?
本書が提唱する「ときを感じる」とは、単なる観察ではなく、宿泊という体験を通じて歴史の層に没入することです。著者は、館内を歩き、風呂に入り、布団にくるまる中で初めて立ち現れる「空間の物語」にこそ価値があると語ります。
「泊まれる文化財」という新しい概念
本書が中心に据えるのが「泊まれる文化財」というコンセプト。これは、文化財指定の有無に関係なく、歴史的・文化的背景を持つ宿泊施設すべてを含めた呼称です。そうした宿に“泊まる”ことで、読者自身が建築遺産の一部を体験的に継承することができます。
著者紹介:吉宮晴紀という異才の存在
建築学生による実地探究の結晶
吉宮晴紀氏は1999年生まれ。千葉大学大学院で建築を学ぶ学生でありながら、すでに400泊以上の宿泊経験を持ち、宿の俯瞰スケッチを描き続けてきました。その熱量は出版前から注目を集め、「ときやど」やSNSで多くのファンを獲得しています。
妹尾河童の継承と超克
スケッチ手法には、妹尾河童氏の『河童が覗いた』シリーズの影響が色濃く見られますが、単なる模倣ではなく、宿泊施設という現代的な文脈で再構築。手描きスケッチというアナログ技法を通じて、空間の構造と時間を可視化しています。
特色ある構成と宿の多様性
スケッチ+写真+解説の三位一体構成
建物断面を描いたパースは、写真では伝えきれない空間の情報──例えば増改築の痕跡や地形への適応など──を読み取るヒントになります。旅情だけでなく、建築的な視点からも宿を味わえるのが本書の大きな魅力です。
北から南まで──選りすぐりの35軒
本書では、全国の個性豊かな宿35軒を紹介。明治~昭和のクラシックホテルから、湯治場、遊郭建築の再活用、京町家ゲストハウスまで、ジャンルも様式も多彩です。
掲載宿の一例(抜粋)
- 日光金谷ホテル(栃木県):明治期創業のクラシックホテル
- 向瀧(福島県):登録有形文化財に指定された温泉旅館
- ホテルニューグランド(神奈川県):昭和初期の近代化産業遺産
- たけた駅前ホステルcue(大分県):古民家を再利用したユニークなホステル
※全35軒の宿の一覧は本記事末尾に掲載しています。
紙とデジタルの融合:ときやどエコシステム
QRコードによる情報拡張
各宿ページに掲載されたQRコードを通じて、読者は「ときやど」公式サイトにアクセス可能。書籍では語りきれない情報や最新の宿泊情報、予約サイトなどと連携しており、実用性と拡張性を両立しています。
読者参加型の新しいガイドブック体験
SNSでの著者との交流や、宿からの“お便り”紹介コーナーなど、読者の声も本書の一部。出版を起点にした双方向型の文化体験は、従来のガイドブックにはない新しさです。
まとめ:保存から共生へ──未来へつなぐ“宿”の物語
『ときを感じる お宿図鑑』は、「宿泊」という行為を通して建築遺産の価値を再発見し、未来へと継承するための一つの提案です。著者の情熱、アナログとデジタルの融合、読者との対話──それらが交差する本書は、単なる宿ガイドではなく、文化保存の“実践書”とも言える存在です。
クレジット
- 著者:吉宮 晴紀
- 出版社:学芸出版社
- 書籍名:『ときを感じる お宿図鑑 スケッチで巡るレトロ建築ガイド』
- 発売日:2024年
- ISBN:978-4761528850
- 特設サイト:https://www.tokiyado.net