書籍「日本昭和トンデモ児童書大全」

出展:Amazon

「トラウマをありがとう」――なぜ70年代のヤバい児童書は“最高の思い出”なのか?

UFO、ノストラダムス、地獄、食人植物――。今の子ども向けの本棚ではまず見かけない、おどろおどろしいテーマの数々。しかし、昭和40年代から50年代にかけて、多くの子どもたちがそんな本に夢中になっていました。

今回ご紹介する**『日本昭和トンデモ児童書大全』(タツミムック)**は、そんな「今では絶対ありえない、凄まじいインパクト!」を放っていた、衝撃的で、残酷で、恐ろしい児童書群をアーカイブした一冊です。

本書を読んだ世代は、口を揃えてこう言います。「トラウマになった」と。しかし、その言葉には奇妙な感謝と懐かしさが含まれています。「大いに想像力を育まれた」「読書の喜びを覚えた」と。

この記事では、この「トラウマなのに、ありがとう」という不思議な感情の正体を探ります。なぜ、あの“ヤバい”本たちは、私たちにとって忘れられない宝物になったのでしょうか。

今では絶対ありえない「トンデモ」な本棚へようこそ

『日本昭和トンデモ児童書大全』が案内するのは、混沌と恐怖、そして無限の好奇心が詰まった、失われた世界です。本書は、当時の子どもたちの心を鷲掴みにした3大レーベルを中心に、このジャンルを体系的に紹介しています。

  • ドラゴンブックス(体育とスポーツ出版社): 『恐怖と怪奇の世界 吸血鬼百科』のような王道の恐怖ものから、伝説の奇書『食糧危機を生きぬくための 飢餓食入門』まで、恐怖と実用(?)が混在したラインナップが特徴です。
  • ジュニアチャンピオンコース(学研): 『絵ときこわい話 怪奇ミステリー』など、SFやミステリーの体裁で、子どもたちの好奇心と恐怖心を巧みに煽りました。本書の表紙デザインも、このシリーズへのオマージュとなっています。
  • ジャガーバックス(立風書房): 『日本妖怪図鑑』に代表される図鑑シリーズで、オカルトだけでなく戦記ものまで幅広く扱いました。

これらの本が子どもたちに与えた影響の源泉は、その巧みなレトリック戦略にありました。それは、憶測や創作された内容を、「百科」「大図鑑」といった、いかにも科学的な権威がありそうなフォーマットで提示したことです。

これにより、悪魔の生態やUFOの内部構造といった情報が、まるで科学的な事実であるかのように子どもたちの目に映りました。それは単なる「怖い話」ではなく、信憑性のある「怖い事実」として提示されたのです。この現実とファンタジーの意図的な混同こそが、後に「トラウマ」と表現される、深く永続的な影響を生み出す中核的なメカニズムでした。

なぜこんな本が生まれたのか? 70年代という時代の“空気”

これらの「トンデモ児童書」は、決して孤立した現象ではありませんでした。それらは、1970年代日本の特異な時代精神が生み出した、必然的な産物だったのです。

当時の日本は、空前のオカルトブームに席巻されていました。五島勉の『ノストラダムスの大予言』が社会現象となり、テレビではユリ・ゲラーがスプーンを曲げ、漫画ではつのだじろうの『恐怖新聞』が子どもたちを震え上がらせました。

このブームの背景には、高度経済成長が終わりを告げ、社会に「漠然とした不安感や危機感」が蔓延していたことがあります。オイルショックや公害問題といった現実の脅威に対し、オカルトは予言や宇宙人の襲来といった、具体的で分かりやすい物語の枠組みを提供したのです。

出版社は、この大人向けのトレンドを子ども市場向けに再パッケージ化しました。つまり、『地球の危機を生きぬくための 生き残り術入門』のような本は、当時の大人が抱えていた資源枯渇や環境破壊への恐怖が、扇情的な形でフィルターを通して子どもたちに届けられた、時代の不安の直接的な反映だったのです。

恐怖の視覚言語:天才画家・石原豪人の衝撃

「トンデモ児童書」のトラウマを語る上で、文章以上に決定的な役割を果たしたのが、おどろおどろしい挿絵の存在です。

このジャンルを象徴する存在が、天才挿絵画家**石原豪人(いしはら ごうじん)**です。彼の画風は、劇画のようなリアルさで怪物に「重量感」を与え、絵の具を塗り重ねたような「濃い」色彩と、恐怖と官能が入り混じった独特の作風で知られています。

この写実的な画風は、単なる飾りではありませんでした。それは、テキストが主張する奇怪な内容に**視覚的な「証拠」**を与え、信憑性を高めるための装置だったのです。抽象的な「悪魔は存在する」という文章が、石原豪人の手にかかると、現実的な筋肉組織と威嚇的な眼光を持つ、具体的な悪魔の「イメージ」となります。このイメージが、理屈を超えて子どもたちの感情に直接訴えかけ、心理的に「リアル」な脅威として脳裏に焼き付いたのです。

書籍情報

  • 書籍名: 日本昭和トンデモ児童書大全
  • 著者: 中柳 豪文
  • 出版社: 辰巳出版
  • シリーズ名: タツミムック
  • 刊行年月: 2018年10月
  • 定価: 1,650円 (税込)

結論:「生産的な恐怖」という逆説

なぜ、あれほど怖かった体験が、これほど肯定的に語られるのでしょうか。

その答えは、「生産的な恐怖」という逆説にあります。情報へのアクセスが限られていたインターネット以前の時代、これらの本が提示する検証不可能な謎や恐怖は、子どもたちに能動的な想像を強いました。答えが簡単に見つからないからこそ、子どもたちは自分なりに物語を解釈し、謎を考え、恐怖を乗り越えるための内的世界を必死に構築したのです。

この強烈な読書体験は、多くの者にとって生涯にわたる本との関係の入り口となりました。そして、その究極的な証拠が、『日本昭和トンデモ児童書大全』という本自体の存在です。

この本が2018年に出版され、多くの読者に迎え入れられたという事実。それこそが、あの「トンデモ児童書」たちが一過性の流行ではなく、一世代の想像力を形成し、今なお奇妙な感謝とともに共鳴し続ける、影響力のある文化だったことの何よりの証明なのです。